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| 社団法人 旭川青年会議所 旭川市常盤通1丁目道北経済センタービル5F TEL
0166-22-9815(直通) FAX 0166-26-3235 |
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理事長所信
2007年度 理事長前田 光理

オール旭川Jaycee
旭川青年会議所は1950年11月18日創立総会をもって発足しました。当時、敗戦後の混乱状態の中、日本の再建はわれわれ青年の使命であると、その責任を痛感し、若さと活動力に富んだ青年の力を集結しようとする機運が盛り上がり、32名の会員出席のもと設立総会を開催するにいたりました。翌1951年2月9日、日本で7番目の青年会議所として日本青年会議所に正式加入が承認されました。その後、1977年5月23日には社団法人として認可をされ今日に至ります。
本年で設立から57年が経過しています。時代は違っても、我々青年が前を向き行動を起してゆくことは常に求められています。同時にそれが我々青年の使命です。我々青年の英知と勇気と情熱をもって、一人一人行動を起しましょう。このような時代だからこそ、我々の起こす行動に大きな意味があるのです。旭川青年会議所のメンバー一人一人がまちづくりのリーダーとして行動を起しましょう。
「魅力ある地域の創造」をめざして
アプローチ[T] 旭川地域経済の活性化
アプローチ[U] 住民参画型社会の実現にむけて
アプローチ[V] 子どもたちに確かな未来を
アプローチ[W] 3つのアプローチの実践に向けて
リレーション 全国会員大会旭川大会主管から本年5周年を迎えて
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アプローチ[T] 旭川地域経済の活性化
〜「日本の経済」と「地域の経済」〜
バブル経済崩壊後、長らく経済不況に苦しんだ日本経済は順調な回復を遂げ、いざなぎ景気を超え、景気の動向は好調に推移している。これが今日の政府見解でありますが、これに対して異論を唱える経済学者やエコノミストは少なくありません。我々地方において活動する経済人においても同様です。確かに政府発表による経済指数によれば、景況の判断は好況なのでしょう。ではなぜ我々地方の経済人、いや首都圏や大都市圏においてですら、好況を実感できないものが多く存在するのはなぜでしょうか。それは、日本経済が大企業を中心とした「日本の経済」と、それとは実態を異にする中小企業などが中心となった「地方(地域)の経済」へと、2重構造化が進んだ結果であろうと容易に判断できます。かつて日本経済は、社会主義国家よりも計画的な独自の計画経済を誇り、日本全国へ等しく恩恵を与え、かつての目覚しい経済発展を遂げるまさしく牽引力であった事に疑う余地はありません。しかし近年の「構造改革」と称する経済政策は、「地方(地域)の経済」をこれまで支えた経済システムの急激な縮小を以って、それに対する代替システムを持たない地方(地域)を経済的な困窮へと追いやり、今なお、閉塞状況の真只中に「地方(地域)の経済」は取り残されたままなのです。
〜歴史がもたらした北海道経済の課題〜
北海道の多くの地域では、主要となる基幹産業を持ちません。かつてはありましたが、時代の趨勢によりそれを失ったところも多いのです。または仮に持っていたとしても、そこに住む人々の生活を支えるには決して充分なものは存在していません。北海道は明治期以降、国の政策に基づいた開発がなされてきました。政治の中心として札幌に置かれた開拓使に始まり、原始林を拓き道がつくられ、それに沿って北方の防衛の命を受けた屯田兵たちが、森を拓き田畑を耕し、さらには鉄道が敷かれ、国策のもと北海道の開拓が進められました。そして軍都として位置づけられたわがまち旭川に旧第7師団が配備され、「北の護り」の命を受けた北海道の歴史が終戦まで続いたのでした。終戦後は引揚者の戦後入植も行なわれ、戦後北海道の歴史が始まったのです。終戦とともにそれまでの後ろ盾を失う事となった北海道ではありましたが、先人たちは、自然の猛威に立ち向かい、北海道の開拓を果たした気概を持って努力を重ね、戦前に整備された交通網やインフラを生かし、その後の公共事業を柱とした日本の経済政策とあいまって、北海道は力強い発展を遂げました。しかしながらこの発展の過程において、主たる産業をもたずして、国からの公共事業を中心とする経済構造が確立されたことにより、公共事業削減を大きな柱とする今日の経済政策は、我々の経済基盤を根底から覆すものとなってしまったのです。結果として「日本の経済」の好調に比べ、我がまちの経済は、企業倒産による雇用の減少、所得減少などの雇用条件の悪化、更には一向に改善されない新卒者に対する求人状況と、回復どころか依然として悪化傾向にあると言っても決して過言ではない状態が続いているのです。
〜未来を支えるわがまちの経済の復興に向けて〜
しかし我々は北海道の開拓、そして戦後の復興、2度の困難を乗り越えた先人たちのDNAを引き継いでいるのです。ですから我々は、どんなに困難であったとしてもその困難を乗り越え、この地域の未来を創造していかなければならないのです。今日の日本において、公共事業中心としたかつてのような経済システムに期待する事は困難です。だからといって大企業を中心とした「ルール」にいたずらに従っていては、地域の未来は決して見えることはありません。だからこそ地域の経済人である我々が、「地域(地方)の経済」の確かな復興に向け、地域の実情に即した対策を講じるべく真剣な取り組みが必要であると考えるのです。そして地域から日本へ向けて強く発信するべきだと考えるのです。未来を支えるわがまちの経済の確かな前進のために、着実な一歩を記していきたいと考えます。
アプローチ[U]住民参画型社会の実現に向けて(まちづくり、政治への参加意識)
1990年代の青年会議所運動は、CD事業(社会開発事業)と呼ばれた「まつり」等のイベントをはじめとするまちづくり事業を実質的な運動の中心として展開してきました。その代表的な事業として、今日も継続して展開している烈夏七夕まつりは17回、市民氷彫刻コンテスト「アイスアートフェスタ」は18回を数えます。しかしながら、これら事業の継続は、単なる継続であった訳では決してありません。
これまで、市民参加型の「まつり」へ移行、すなわち実行委員会そのものを市民へと移管等、多くの議論が重ねられ、様々な改善をおこないながら、発展的に継続されてきたのです。とりわけ2000年の「新・旭川JC宣言」は、明確な転換期となりました。宣言文の中には、その後の10年間の活動の3つの大きな柱の一つとして、「地域社会を支える住民参画システムの構築」が掲げられました。そして青年会議所が中心となって、市民が積極的にまちづくりに参画することを促すシステムとして「まちづくりマネジメントシステム」を提案したことで、「烈夏七夕まつり」そして「アイスアートフェスタ」は、我々が目指す「住民参画型社会の実現」に向けた運動における「ツール」として明確に位置づけられるようになったのです。そして今日においても「まちづくり住民」の発掘、育成に重要な役割を果たしてします。また2006年度にスタートした「旭山動物園マイスター制度」もまた「住民参画型社会の実現」に向けた新たな「ツール」として多くの可能性に満ちています。こころンピック事業において実践してきた「協働」の精神にのっとり、行政である旭川市、他団体であるNPO法人、主婦、シルバー世代、教育機関からは地元の大学、民間企業の経営者など、多種多様な住民の参画により、積極的にそして先進的に「旭山動物園マイスター制度」を展開しています。スタートから一年が経過し、我々自らが多くの「学び」や「気づき」を得ることができました。純粋に「自らの住む地域のために貢献したい」という意識の高いNPO法人のスタッフや地域住民が数多く存在すること、そして「やりがい」や「生きがい」を求める多くの人々が存在すること。それと同時に、市民と行政の「協働」を模索するにあたり、現行の規則やシステムのもとにおいては障壁となる多くの制約や限界が存在することがわかりました。これらの「学び」や「気づき」こそ、今後我々が取り組むべき課題なのです。行政との「協働」の実践へ向けての障壁を一つ一つ取り払い、地域住民の郷土へ対する愛着や貢献意欲、参画意欲を受け止め、一人ひとりの素晴らしい「思い」を具現化できるよう、地域を愛する多くの人々との「協働」により、その環境の創造に積極的に取り組み、住民参画型社会の実現へと繋げていきたいと考えます。
我々が持つ、これら3つの「ツール」をもって、我々はこの地域における住民参画を促すべく運動を進めていくにあたり、忘れていけないことは、これらの「ツール」が魅力のあるものでなければならないということです。魅力があるからこそ、住民自らが主体的に参画していきたいと思うのです。もっと魅力のある「まつり」、「活動」であること、それを創造するべき我々一人ひとりがもっともっと魅力のあるJayceeであることが求められるのです。魅力のあるJayceeとなっての地域住民との関わりは、必ずその後の、より強固な関係の創造に繋がるものと考えます。「魅力のあるまつり」・「魅力のある活動」の創造と「地域住民との関係強化」を常に意識し、運動を進めることにより、我々の目指す理想に近づくものと確信しています。
そして、住民参画型社会ならびに魅力ある地域社会を創造するためには、政治への参加意識の向上も必要な事項になります。ここで言う参加意識の向上とは、難しいことを実行してゆこうとするものではありません。
市民が市政について理解を深め、そして関心を持つことができる機会をもっともっと増やす必要があります。新聞や報道などマスメディアは中央の政治について数多くの情報を我々に提供してくれます。しかし、基本となる市政についての理解を深める情報が少ないのも現実ではないでしょうか。市政についての関心を高めるための環境づくりを進める必要があります。そのことにより、地域住民が自らの街づくりによりいっそう深くかかわることが出来ると考えます。自分たちのまちを、自らの手により創造してゆきたいと思います。住民自らの手で、まちの魅力を創造する地域社会の実現を目指し、活動してゆきます。
アプローチ[V] 子どもたちに確かな未来を
子どもたちに確かな未来を創造するために・・「連携」
社会の成熟による人々の生活スタイルや価値観の変化は、地域社会をも大きく変化させ、子どもたちが「育つ」環境、おとなが子どもたちを「育てる」環境も大きく変化してきました。地域社会の変化は、子どもたちが「育つ」環境に様々な危険を生み出し、国の教育政策は教育現場を崩壊させ、さらには学力の低下などの問題をも生じさせました。子どもたちの健やかな成長、そして地域社会の将来を考えるとき、そのさまざまな課題と正面から向き合い、われわれが行動を起こさなければならないと思うのです。これまでも地域社会においては、PTAの活動に代表されるように、学校、家庭、地域が「育てる」環境の改善に向けた取組みがおこなわれてきました。しかしながら、学校教育、家庭教育、地域教育の質的向上が思うように進んでいないというのが実情ではないでしょうか。健全な子どもたちの成長は、将来の地域社会を形成する上での絶対条件だと考えます。そして子どもたちの「育つ」、「育てる」良好な環境の創造という責任は、我々世代の積極的な取組みによって果たされるべきだとも考えます。複雑化した今日の社会における課題の解決には、学校、家庭、地域のそれぞれが、ばらばらに課題の解決に取り組んだとしても、大きな成果は得られないと考えます。存在する多くの課題が複雑に絡み合い、更に解決困難なものとして存在しているからです。すべてが学校任せ、家庭任せ、地域任せになっているわけではないでしょう。しかしこれまで以上に「連携」をとり、更には新たな「連携」のかたちを創造しながら、複雑に絡み合った課題の解決に向け、責任世代である「地域のおとな」が中心となって課題の解決に向け、本気で行動しなければ、子どもたちに将来の「明るい豊かな社会」を約束してあげることが出来ないのです。新たな「連携」を創造し、確かな未来の創造へ向けて着実な一歩を記していきたいと考えます。すべては子どもたちのために、そして未来の子どもたちへとつなげるために・・・。
過去、現在、そして未来へ伝えたいもの
ここで「育つ」子どもたちには、知っていてもらいたい、そして「誇り」を持って伝えてもらいたいことがあります。わがまちの発展の歴史とその歴史を支えた多くの先人たちの足跡です。我々が住む北海道が具体的に拓かれ始めたのはおよそ130年前、札幌に開拓使が置かれ、屯田兵制度が提唱され、ここ旭川(かつては上川と言った)の本格的な開拓が進みました。ここまでは誰もが学校の教科書で学んだことだと思います。そして北海道の測量にあたった伊能忠敬や樺太探検で渡った間宮林蔵などの歴史上著名な人の名も学校で学んだ記憶があるでしょう。しかしながら、なぜ一面見渡す限りの原野であったこの地に、莫大な国家予算がつぎ込まれ、当時としては最高の技術をもって、驚くような速さで都市が整備されたのか、先人たちが乗り越えてきた本当の困難や苦労については、ほとんど教わることなく育ってきたのです。かつて国家の中枢の一部がこの地に置かれていました。それによる中央からの様々な人の往来はこの地に芸術・文化の隆盛をもたらし、文化の香り立つまちとして、その歴史を刻んだのです。この旭川には子どもたちに伝えるべき先人たちが残した財産が数多くあります。しかしながらこのまちの発展の歴史を知らなければ、先人たちの残したものを自分たちの財産だと思うことはないのです。将来の地域を支えるこどもたちが、この旭川地域の歴史を学ぶことにより、先人たちへの感謝の気持ちや郷土愛を育くむことに繋がり、更には旭川地域住民としてのアイデンティティーが醸成され、郷土への「誇り」を持つことが出来るよう取り組みたいと考えます。今だからこそ将来、社会に出て活躍する子どもたちには、この旭川地域住民としての「誇り」を持ってもらいたい、その先には失われたといわれる日本人としての「誇り」をも取り戻したいと思うからです。
恵まれた自然環境から学ぶ
旭川地域は都市機能の充実のみならず自然環境にも恵まれています。市内からわずかな距離にすばらしい自然が広がっています。自然を体感することで、自然の素晴しさ、厳しさ、そこに生きる生命の尊さ、人間がその恩恵の中で生かされていること、環境を汚染することの愚かさなど、様々な事柄を学び取ることができます。危険だから、汚れるから、ケガをするかもしれないから、という理由で自然を体感することができないとすると、子どもたちを健全に「育てる」ことは難しいと思います。ですから、我々が子どもたちに、この恵まれた自然環境の中にある旭川地域を認識させることが出来、この地域を故郷として心に深く刻み込むための「学ぶ場」としての体験型の青少年育成を実施していきたいとおもいます。
我々責任世代が責任を持って、積極的に子どもたちを「育てる」という認識を持ち、率先して行動を起こしたいと思います。
アプローチ[W] 3つのアプローチの実践に向けて
@青年会議所運動の源泉
JC活動ではなくJC運動を目指し、会員拡大を全委員会の職務と位置づける。
我々青年会議所がこの地域のために活動するためには、数多くの会員が必要になります。まちづくりを真剣に考え、幅広いJC運動を展開してゆくためには、広く会員を求め、この旭川地域に密着した青年会議所の存在を心がけてゆかなければなりません。そして、この会員拡大はJC運動の大きな骨格をなすものです。青年会議所運動の源泉とも言える会員拡大を全委員会の職務とし、全員で会員拡大に努めましょう。
会員拡大と同じくらい重要なのが、会員研修です。青年会議所としての基本的なルールやこの地域社会にとって青年会議所がどうあるべきか等々を正しく認識することは、我々メンバーにとって非常に重要なことです。基本に立ち返り、本年は会員研修も行います。
A魅力ある組織であるために
効率的な組織運営をする上で、常に組織全体の状態と方向性を把握し、その力を発揮させるためには、総務財務が非常に重要になります。特に本年は公益社団法人へのスムーズな移行をしなければなりません。通常であっても青年会議所のすべてにおいての理解と指導力を発揮しなければならない、組織の要(かなめ)としての重要な機能を担います。
そして、我々は魅力ある旭川地域の創造を目指し活動を進めてゆきます。その時、我々の活動をより多くの人に理解と賛同、さらには我々の活動への参画を推進するためには、対外的な発信が重要になります。我々の活動を発信し、より多くの理解を得られるよう努力してゆきたいと思います。それと同時に重要になるのが、情報の発信により、新たな意見を地域住民からもらうことができれば、我々の運動はさらに正確性が増し、より多くの地域住民が望む青年会議所運動が可能になると考えます。我々の運動を支える情報の受発信という重要な機能を担います。
そして、青年会議所運動に欠かせない、一年の方向性が示される京都会議、横浜サマーコンファレンス、一年間の青年会議所運動の集大成の場である全国大会があります。本年は全国大会が帯広の地で開催され、参画しやすい条件でもあります。北海道地区大会は北海道地区を構成するメンバーとして参画する義務・権利があります。また、道北エリアでの各種大会や事業があります。これらにメンバーが積極的にかかわりを持てるようにすることも、組織を維持する上で非常に重要であります。数多くのメンバーで参画していきましょう。
各委員会がダイナミックな活動につながるように、組織をまとめていくことが求められます。この、組織の要が、我々の活動の重要な要素になります。
リレーション 全国会員大会旭川大会主管から本年5周年を迎えて
今年は創立57年を迎え、同時に全国会員大会旭川大会主管5周年を迎えます。旭川青年会議所の、確かな歴史を認識し、その歴史と伝統を自覚する必要があります。この歴史を築き上げてきた先輩諸兄とともに、我々現役メンバーは今後活動する糧としなければなりません。
そして、全国会員大会が帯広の地で開催されます。われわれ旭川青年会議所は、「過去への感謝」と「未来への責任」を今一度自覚し、行動を起すことが求められています。経験があるからできること、同じ北海道地区の仲間としてやるべきこと等々、経験のあるLOMとしてリーダーシップを発揮し積極的に行動をしていきます。
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